初めて彼のアトリエを訪れたのは、コロナ禍にも終わりの兆しが見え始めた2023年1月のことでした。
場所はパリ7区、エッフェル塔を仰ぎ見る表通りの人混みを避け、石畳の裏路地を指定された番地を探しながら歩くと、それらしき建物の前には和かに僕を迎える人物が佇んでいました。
彼の名前はジャン-バディスト・ロソー、今回ご紹介するブランド「LUTAYS/リュテス」のデザイナーです。
挨拶を交わし、招き入れられたアトリエで目にした彼のコレクションは、僕の想像を超える完成度で、一瞬にして彼の世界観に魅了されました。

彼に興味を持つきっかけは、あるファッションジャーナリストがウェブに掲載した、彼へのインタビュー記事からでした。
その中で彼は、[オートクチュールの技術を背景に、究極のメンズカジュアルジャケットを作る]というブランドコンセプトと、今は無きパリを代表するメゾン「ARNYS/アルニス」の表現するフレンチエレガンスに抱いた憧憬を語っていました。
今から30年程前「ARNYS/アルニス」の顧客であった僕は、懐かしさを感じると同時に、彼の様な若い世代がフランスのクラシックスタイルに興味を持っていることを新鮮に感じ、早速彼にコンタクトを取ることにしました。

しかし、時はコロナ禍の真っ最中で、eメールでのやり取り以外、彼と交流する方法は無く、彼から送られたコレクションの資料を見ながら、一年余り悶々とする時間を過ごしていました。
そしてこの度、コロナ禍もひと段落ということで、念願のパリ出張となった訳です。

彼のコレクションに直接触れて感じたのは、ブランドのコンセプトで語られているとおり、フランスで長年培われたオートクチュールの技術をもとに、手作業とミシンワークのバランスをとりながら繊細に仕立て上げられたそれは、サビルローを代表とするイギリスの、質実を重んじるテーラリングや、それに影響を受けながらも工芸的とも言える手作業を駆使して、軽さと色気を表現したイタリアのサルトリア仕立てとは一線を画したもので、フランスの、ひいてはヨーロッパの、品格と矜持を感じさせる本当に美しい服であるということでした。
ブリュッセルが故郷のベルギー人であるジャンさんが語る、良き時代のフランス的なものへの拘りと、彼の誠実な人柄に惹かれた僕は、早速彼自作のバンチブックから生地選びを始めました…

 

この度、kink chikaramachi lab.でご紹介する「LUTAYS/リュテス」のラインナップを、一部ですがご紹介させていただきます。

「PILOTE/ピロット」

第一次世界大戦中にフランスの飛行士が着用していたジャケットから触発されて作られたもので、オリジナルデザインからベルトを無くし、シルエットにも若干のゆとりを持たせることにより、快適な着心地を実現しました。

生地は最上級のウールフランネルを使用しており、その質感を楽しむために、あえてライニングを外しています。

フロントの裾ポケットは、サイドからも手を入れられる実用性の高い仕様となっています。

「VALMONT/ヴァルモン」
ショデルロ・ド・ラクロの小説「危険な関係」に登場する架空の人物名を冠したジレ。
主人公のヴァルモンは、フランスにおける伊達男の代名詞で、18世紀後半のフランス貴族の退廃に満ちた物語からは、貴族階級特有のエレガンスを読み取ることが出来ます。
身体にフィットするシルエットと、ミニマルなディテールは、貴族的な優雅さと洗練の極みを感じさせる、リュテスを象徴するアイテムと言っても過言ではありません。

使用している生地は「PILOTE/ピロット」と同素材の最上級ウールフランネル。
ウール特有の自然な光沢が、上質な生地の証です。

表面のミニマルさとは打って変わって、内側には四つのポケットが設えられ、収納力は抜群です。
シャツやニットの上に重ねて着るも良し、ジャケットのインナーとしても完璧な、とても使い勝手の良いアイテムです。
「ZOLA/ゾラ」
リアリズム文学の巨匠として知られる、フランスの小説家エミール・ゾラ。
市井の暮らしと悲哀を写実的に表現する彼の作品は、現代でも高い評価を得ています。
これは残されたポートレートから、彼が着用していたジャケットを再現したものです。
素材はフランス産羊毛を綾織りした、ライトウエイトのツイード。
無染色でナチュラルな風合いは、洗練の中にも暖かさと優しさを感じさせます。

ライニングは贅沢にもシルクを使用。
ともすれば粗野にも見えるツイード地の内側に、官能的な質感の裏地が隠されているところは、いかにもフランスらしいひねりが効いています。

今回ご紹介したアイテムを含めた「LUTAYS/リュテス」2023秋冬コレクションは、明日よりkink chikaramachi lab.の店頭でご覧いただけます。
尚、オンラインショップでのご紹介に関しましては、当面の間予定しておりませんので、是非店頭にお越しいただき、コレクションの全貌をご覧下さい。
ご足労をおかけしますが、何卒宜しくお願い申し上げます。

 

▼特報▼
10月12日(木)「LUTAYS/リュテス」デザイナーのジャンさんをお迎えして、オーダーイベントを開催致します。
「LUTAYS/リュテス」全作品の中からお好みのデザインを、見本帳から選んだ生地にてご注文いただける、またと無いスペシャルイベントとなります。
当イベントに関するご質問等がございましたら、お気軽に弊店までお問い合わせ下さい。

[contact us]
tel:052.971.3800
e-mail:chikaramachi_lab@kink-nagoya.com

 

 

ヤスダ

※「ARNYS/アルニス」
かつては「右岸のエルメス、左岸のアルニス」と称され、ジャン・コクトー、パブロ・ピカソ、ル・コルビュジエなどの文化人がこぞって顧客となった伝説のメゾン。
ロシア革命から逃れた初代当主ジャンケル・グランベールが、1933年パリ左岸のセーブル街に創業した。
ノーブルな香りを纏っているが通俗的にならない、現代では稀な品格を感じさせる物造りは、長きにわたり一定の支持層を獲得していたが、惜しくも2012年、LVMHグループの買収によりその姿を消した。
その後、最後の当主であった三代目ジャン・グランベールも鬼籍に入り、アルニスは真の伝説となった。

 

 

Posted by:chikaramachi lab.